仙界/双竜 > 黒い石 
-- Update :2004-08-05 --
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お前は此処に居ろと言い残し、主が目の前の森に一人足を踏み入れて行ってから早数刻が経とうとしていた。
その間彼は何をするでもなく、所在無げに佇んでいた。
人っ子一人通る気配はない。
当然か。好き好んでこの場に立ち寄るなど、余程の酔狂としか思えない。
かつては彼の唯一安息だったこの場所も、今はただ凶々しきモノとしか映らない。
最後に此処に来たのはもう気が遠くなるほど昔のことだ。そう、彼が初めて主と出会った時。

此処に来る途中で主は彼に小さく詫びた。
その理由を訊ねると、「利用しようとしてるから」とぽつりと答えた。
利用するならすればいい。それに対して文句を言ったりなどしない。
自分はそのために存在しているのだから。
主がどんな道を進もうと、彼はそれについてゆくだけ。
手を引いたり止めたりなどしない。
それは自分の役目ではない。

どのくらいの時が過ぎたのだろう、森の中から小さな人影が現れた。
どうやら無事な主の姿に彼はほっと安堵する。
あの闇の中では何が起こるか分からない、ましてや今の主では、最悪の事態になることすらも彼の想定の範囲内だった。
守護があったとはいえ、それでも案の定毒気にやられてふらつく主を彼は支える。
ひとまずこの場から離れることが先決だった。

清浄な気に満ち溢れた空間の中、漸く顔色も戻ってきた主に彼は訊ねる。
あの森で一体何をしてきたのか。
返答が返ってこないことも覚悟はしていたが、主はゆっくりと握りしめていた左の掌を開く。
「………石?」
白い掌の中心に在ったのは小指の先程の黒い小さな石。
「―――願いが、叶うんだってさ。望めば、どんな事でも」
その言葉に対する彼の反応を見て、主は小さく笑った。
「大丈夫だよ、……これは、ただのお守り」
そう言って再び掌を握り締める。とても、大事そうに。

あまり長居する訳にもいかない。
主がもう動けそうなのを確認して、彼はその腕をとる。
金色の瞳が微かに揺れている。
………果たしてこれは、一体誰なのだろうか?
…よくわからない。
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