数十年前 / 白竜、金烏
「死んじゃったの?」
たった今彼が手を下したモノを見つめ、ぺたりとその場にへたりこんだままの姿勢で相手は呟いた。
「―――多分、ね。少なくとも中身は、もう再起不能」
どっと疲労が押し寄せる。
加減することなく持てるだけの力を全て放ったために、彼の消耗もまた酷いものだった。
力をぶつけた対象の精神は、原形を留めないほどにずたずたのぼろぼろになっている、筈。
千々になった中身はもう二度と元に戻ることは無い。
同情や罪悪感など、覚える気にはなれない。それだけのことをこいつはやってしまったのだから。
「こんなにきれいなのになぁ……」
横たわる人物に外傷は無い。
知らぬ者が見れば眠っているようにしか見えない。
だがもう決して目覚めることはない。
中身を失った空っぽの肉塊は、時と共にやがて朽ちてゆくだけ。
彼の力とはそういう性質のものだった。
「もったいないね」
耳に入った呟きに、彼は微妙な表情を作る。
……果たしてこの相手は理解しているのだろうか?
自分がこの倒れている男に何をされようとしていたのか。
彼が気付くのがもう僅かでも遅ければ、間違いなくその毒牙にかけられていただろうに。
底知れぬ力を持っているくせにその扱い方を知らぬか弱きお姫サマは、自分がどれだけ危うい存在かに気づいていない。
―――いや、もしかすると知っていて、なのかもしれないが。
溜息を吐いた彼をきょとんとみつめてくる、その表情がまた憎々しい。
(もしかしてオレ、物凄く不遇な道を選んでしまったんだろうか……)
いつだってこの相手に振り回され、後始末に追われるのは彼なのだ。
「もったいないねぇ……」
再度呟き倒れた男の長い髪を一房すくう、その表情に彼は嫌な予感を覚える。
既に事切れた男は、外見だけで言うならかなりの上玉、ではあった。加えてこの毛色―――
この傍迷惑な姫君が、気紛れでたまに連れ帰っていた小動物(だけではないが)達をどこか髣髴とさせる、その淡い色あい。
「ねぇ、いいこと思いついちゃった」
嬉しそうに、邪気の欠片もない顔で。
その思いついた案を彼に告げる相手に、眩暈を覚えずにはいられなかった。
判っている。どれほど自分に不本意なことであろうと、彼にこの相手を止めることなど出来はしないのだ。
自らが手を下したこの空の器の行く末と、自分自身の置かれた境遇を、彼は嘆かずにはいられなかった。
黄昏は静かに暮れてゆく―――
「雷虎」のその後。
明月は「あくるづき」と読みます。
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