少し前 / 月璃(白竜)、黒竜、金烏(千鴉)
それはいつもと変わらない日常だった。
護衛役の相棒と共に薄暗くなりかけた人通りの少ない道を歩いていた。
その日進める筈だった仕事が思うように行かず、不機嫌な顔のまま歩を進める。
時々斜め後ろの男が話し掛けてくる。
自分の苛立ちに気付いているのかいないのか、相手はいつも飄々としていてそれが一層苛々を募らせる。
いや、苛立ちというよりも焦燥感。
自分ばかりがいつも何かに焦っていて空回りしている気がする。
自分たち二人の他に殆ど誰も通らない薄暗い道。
そんな場所に、不意に人影が現れた。
思わず顔をそちらに向け、その直後激しい後悔に襲われる。
見なければ良かった。気付かず通り過ぎれば良かった。
だが同時に自分が決してそうはできなかっただろうことも判っている。
通りは薄暗く距離もあり、注意深く観察しないと人物の識別は難しい。
しかしその相手には一種独特の気迫が有った。オーラとも呼ぶべきものか。
目にした瞬間、その相手が過去数度遭遇した事のある人物だということに気付いた。
名前など知らない。その素性も判らない。
けれどその黒ずくめの男は確かに、自分に会うために現れているのだということが何故か確信できた。
男は自分に危害を与えるつもりは無い、と思う。
恐らく敵ではない。だけど怖かった。
今までに感じた事の無い恐怖を男から受ける。
―――いや違う、それはきっと自分達が遭遇する事に対して、の恐怖。
不意に立ち止まった相棒の名を、後ろから付いて来ていた男は怪訝そうに呼びかけた。
そして次の瞬間彼もまた、もう一人の別の存在に気付く。
いつの間にか相手の男は二人の目の前までやってきていた。
そして二言三言口の中で呟きながらゆっくりと手を伸ばす。
その指先に額を触れられた瞬間、身体の中で何かが弾ける。
ありとあらゆる感覚が膨張し、拡散した。
月璃の意識はそこで途切れる。
人:地上側 竜:仙界側。
月璃(白竜)が仙界に強制送還される話。
続きます。
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