?年後 / 木蓮、月璃
『―――つまりそんなワケでさ。
ずっと眠ってたと思ってたんだけど、今日様子見てみたら居なかったんだ。
そっちに降りてるなら間違いなく君んとこ行くと思うから……』
そこで少し声は言い澱む。
正確に言えばそれは「声」ではなく、彼の脳髄に直接響いてくる思考なのだが。
此方の都合も考えずにいつも唐突に響いてくるものだから、彼はこのやり方が好きではない。
最もその内容はいつも急を要するものだから、敢えて文句を言ったりもしないが。
「……で、此処に来たら戻るよう説得するか、連絡するなりしろと?」
響いてくる声に対し、彼は直接言葉を発する。
あちらと同様に此方からも思考だけで返せるのだが、周囲に気にする人目が無い時は彼は敢えて口に出す。
この方が「会話」という実感が沸きやすいからだ。
精神伝達というものはいまいち彼の性に合わない。
『ああ……。……いや、落ち着くまでは暫くそっとしとこうかと。
無理矢理連れて帰ろうったって、聞くような人じゃないしね……』
苦笑交じりの声。
同じことが、今まで何度も繰り返されてきた。結局どいつもこいつもあれに対しては甘いのだ。
その後2、3のやりとりの後、会話は終了する。
元々互いに好意を持ってない同士なので、大抵必要最低限で終わる。
「……そういう事らしいけど。聞こえてた?月璃」
背後の人影に声をかける。
毛布にくるまっている身体をさらに縮めてこちらを睨む様子は、まるで子犬だ。
「ヤだ。此処にいる」
「……すぐに迎えは来ない。暫くこっちに居ていいって」
「……本当?」
「けど、皆心配してる。そのこと忘れないようにね」
「うん……判ってる」
ほっとしたように、僅かに緊張を緩める。
彼の前に唐突に姿を現したのはつい先程のことだった。
それから殆ど間をおかずにこちらに連絡を入れてきたあの連中は、やはり流石と言うべきか。
多少肌寒い季節とはいえ冷気には強い彼の部屋には、火は入っていなかった。
とりあえず毛布をあてがったのだが矢張りまだ寒そうだ。
あちらの環境は、この地上とは比べものにならないほど過ごしやすいと聞く。
永い間向こうに居てなおかつ大して丈夫でもない身体には、僅かな寒さでも随分と堪えるのだろう。
暖炉に火を起こし、冷気の留まり易い部屋の隅から移動させる。
腕をとってみてかすかな違和感を覚えた。
これはこんなにも小さく細く、頼りないものだったろうか?
「―――ずっと、夢を見てた。
あの頃の夢……まだお前も小さかった時分の」
部屋の中がぬくもりに満たされると、色の無かった頬にもようやく生気が戻ってきたようだった。
ずっと黙り込んでいたのだが、独り言なのか話し掛けているのか判別つかない口調でぽつぽつと言葉を発する。
「皆居たのに、目が覚めると独りで……誰も居なくて、
怖くて、怖くてたまらなくなって」
元々簡単に弱音を吐くような性格ではない。
大して強くもないくせに強がり、人前では虚勢を張る。
普段ならこういったことも無いのだが、永い眠りから醒めた後は気が弱くなっているのか
彼の元に降りてくることも何度かあった。
落ち着くまで好きにさせてやる。
なかなか簡単に会うこともできない間柄、せめてこの位は許されてもいいだろう。
黒い髪を指で梳く。漸く落ち着いてきたのか大人しくその身を委ねている。
金の瞳は少し遠くを見つめている。
何に思いを馳せているのか、聞かずとも彼には判りきっていた。
多分何十年か先の話。
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