仙界/双竜 > 白月夢 4 「十一日目:人」
-- Update :2004-02-21 --
少し前 / 月璃(白竜)、黒竜、金烏(千鴉)
彼は動かない抜け殻を見ていた。
それは確かに生きてはいるが、中身は空っぽなのを彼は知っている。
そう、その本質は今この場所には無い。
核を失った容れ物はあまりにも無防備で、万が一にも何かあった場合それは二度と元には戻らない。
だから彼はこの地に留まった。

あれからどのくらいの日が過ぎたのだろう。
その間に彼は痛感していた。万が一など起こりようが無いという事を。
あれが傍に居る限り、決して危険に晒される事はなく完璧に守られている。
そしてそれは今の今まで離れる事は無かった。

眠っている人物の頬に触れる。
多少通常よりも低いが、確かに生きている証の温もりを感じた。
こんなにも小さく脆弱な肉体で、それでもこの生に執着しようとする。
棄ててしまえば楽になれるのに、決してその道は選ばない。
ならばそれを見届けるだけ。止める事など彼には出来ない。

音も無く扉が開き、気配が一つ増える。
そしてそれと同時に彼は鋭い殺気が突き刺さるのを感じた。
しかし彼は振り向かない。相手は確認するまでもない。

寝台の上の寝顔をもう一度見つめて目に焼きつけ、漸く彼は踵を返す。
威嚇と牽制、その無言の応酬。
しかし向こうがどうだかは知らないが、少なくとも彼の方に害意は無い。
好きにはなれない相手だが、それでもその男をどうこうしようという気にはなれなかった。

彼が離れるのを険しい顔で見届け、そして男は定位置に付く。
あるべき場所に役割は戻る。


屋上に出て夜空を見遣る。
この国の雲はどうしてこんなに低いのだろう。
まあ良い。その方が却って動き易い。

周囲に人の目が無い事を確認し、彼は呼吸を整える。
次の瞬間その背の皮膚を破り、禍々しく巨大な三枚の翼がめきめきと音を立てて生えて来た。

目指すはあの雲の彼方。
多少時間はかかるだろうが、行けない距離ではない。
背中の異形のモノを羽ばたかせ、周囲の風を切り裂く。

もうこの地で為すべき事は何も無い。
一度だけ振り返った後、彼は空へと飛び立った。
続きます。
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