仙界/双竜 > 白月夢 5 「十三日目:竜」
-- Update :2004-02-24 --
少し前 / 月璃(白竜)、黒竜、金烏(千鴉)
その日彼が降り立ったのはとある一つの建物の前。
黒銀で統一されたその宮殿は森羅殿と呼ばれ、一人の人物が住まわっていた。
此処暫くは割と頻繁に訪れているが、現在は彼が此処の主と共通の目的を持っているが故のこと。
用もないのに行き来するような関係ではなかった。

無遠慮に中に入り、主の姿を探す。
本来なら彼程度の立場で入れるような場所ではないが、彼はその宮殿の放つ威圧感に呑まれることはなかった。

「―――此処にはお前の姫君は居ないと思うんだが。
 来る場所を間違えているんじゃないのか?金烏」

唐突に背後から声をかけられる。さっきまで何も存在しなかった空間から。

「……水晶宮にはさっき行って来たけどね。あいつどっか行っちゃっててもぬけの殻だったから」
「ああ、それなら雲海にでも出てるんだろう。
 じきに戻ってくるさ。いつものことだ」

それだけ答えると、黒竜は彼の脇をすりぬけ奥へと歩みだした。

「―――アンタ、一体何考えてんだ?」

その背に向かって言葉を投げかける。
相手はゆっくりと振り向く。
冷酷で射るような銀の眼差し。それに怯まず金烏は挑戦的に視線を返す。

僅かな時間を置き黒竜が口を開いた。

「今回の件の目的やらは、最初にお前にも分かりやすく話したつもりだが」

人界にて澱んだ白竜の気を、この雲の上で浄化する。
それが黒竜が告げた目的、だった。
やり方が多少強引な気はしたが、その必要性は金烏にも感じられたので同意した。
一度引き離してみるのも一つの手かと、そう思ったからというのもあるが。
だが飽くまでも、それは一時的なものでなくてはならない。

「オレが言いたいのはそんなことじゃないよ。
 月璃の方に掛けた術、アンタにしては妙に杜撰じゃないかって思ってね」

核の入っていない状態の人の器は、時間とともに力を失ってゆきやがて朽ちる。
それを防ぐために月璃の身体には時間を止める術が黒竜によって施されていると、そう彼は信じていた。
先日、数日振りに見た月璃の身体は以前に比べ明らかに力を失っていた。
後々身体機能に障害が出ない程度の最低限の術は施されてはいたが、あれではそう長くはもたない。
せいぜい一月が限界だろう。
仮にその前に目覚めたとしても、長引けばそれだけ支障は出てくる。

「……人の肉体はいずれ朽ちる。その摂理をわざわざ食い止めることもないだろう。
 間に合わなければ所詮そこまでだったというだけのこと。白竜にもそれは伝えてある」

いくら浄化が必要とはいえ、焦りを生めばそれだけ逆効果になる。
ただでさえ今の白竜は非常に不安定であるというのに。
ふと、猜疑心がよぎる。

「まさか、最初からあいつを返さないつもりだったんじゃないだろうな?」
「……そうしたいのはやまやまだったがな。それじゃ白竜は納得しないだろう?
 あの場で息を止めずに猶予をやったのはこちらにできるせめてもの譲歩だ。
 まあ……仮に今回元に戻ったところで、人間として生きていられるのはせいぜいあと数年。
 今ここでそれを止めても大した違いがあるとは思えないけどな」

そのたった数年が、月璃にとってどれほど重要なものか、こいつは何も判っちゃいない。
本人に訊けば間違いなく、竜として生きるよりも人として生きる道を選ぶだろう。
竜でいた頃には持っていなかった執着を、白竜はあの地に残してきている。
例えこの先人に戻れなくても、その執着を捨てることはないだろうことを、彼は嫌になるほど知っていた。
月璃は月璃であろうとする。白竜ではなく。

「そうまでしてあいつのこと、此処に閉じ込めておきたいのか」
「……あいつが大人しく閉じ込められてるようなタマだと思うか?」

黒竜は溜息をつきながら言う。

「あれは誰の下にも屈さない。誰の命も受けない。
 そういう奴だってことはお前もよく知っているだろう」

白竜は立場上、月宮主である杏朔の庇護の下にある。
しかし決して彼女に懐こうとはせず、むしろ毛嫌いすらしていた。
何にも囚われることなく、自由で奔放。それが彼らの白竜に対する共通の見解だった。
少なくとも、これまでは。

「こちらにできるのは、あれが下手に暴走したりしないようせいぜい気をつけていること、それだけだ」
「暴走……?」

違和感を覚えた単語に金烏は眉を顰める。
白竜にその言葉は彼の中では上手く当て嵌まらない。

「……白竜が本来持っている力は、お前が想像しているより遥かに強大なんだよ。
 あれが本気で暴れたら……そうだな、この仙界など簡単に沈む」

金烏が白竜の傍に居るようになってからもう随分と長い時が経つ。
だが竜達の寿命はそれよりも遥かに永い。
彼の知らない白竜の姿があっても無論不思議ではない。が。
白竜がそれほどの力を持っているなど、全くの初耳だった。

「実際に白竜に会ってみて感じたよ。このまま放っておくのは危険だとね」

秩序を守ること、それが黒竜の役割であり、為さねばならぬことなのだろう。
黒竜の言っていることが真実なら、おそらく彼は間違ってはいない。
しかし、金烏には何が正しくて何が間違っているかなど判断できない。
ならば自らの信じた道を歩むだけ―――

「……力があろうと無かろうと、竜であろうと人であろうとあいつは白竜であり月璃だ。
 オレにとって重要なのはそれだけなんだよ」

それが、全て。
白竜が是としない道は彼もまた選ぶことはしない。

「アンタにとっちゃ人間のあいつなんて些細なものなのかもしれないけどな、今のあいつは間違いなく月璃だ。白竜じゃない」

本人がそうで在りたいと願っているから。

「覚えとくんだね、きっとアンタの思い通りにはならないから。
 ……月璃は強いよ。多分アンタが想像してるよりも、ずっとね」

黒竜は無言のまま、彼を見据える。



「―――黒竜様」

窓枠に一羽の黒鳥がとまり、呼びかける。黒竜の配下の者だった。

「申し上げます。東の門が一部破壊され、結界に綻びが生じています。
 至急来られるようにと宮主さまが」
「結界が?」

黒竜は怪訝な顔をして尋ねた。

「そりゃまた厄介な……
 性質の悪い妖怪か魔物でも悪戯にやってきたのか」
「いえ、それが……」

黒鳥は言いにくそうに口を濁す。

「その、白竜様が……飛空中に衝突したとか」


その告げられた内容に、黒竜の顔は思い切り渋いものになった。
続きます。
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