環南/マフィア > 異国での邂逅 2
-- Update :2005-08-24 --
5年後位 / [ガルス] 星華、月璃、木蓮
「随分と香りの薄いお茶ね、味も貧相だし……
 第一熱過ぎるわ。これじゃ火傷しちゃうじゃない」
子供を連れたまま道端で立ち続けているのも気が引けて、適当に入った小路の軽食店。
その店構えからみて味には期待していなかったが、それでも嘆かずにはいられない。
無駄なほどに肥えてしまったこの舌では満足できるものではなかった。

彼女の方は果実を絞ったジュースを頼んでいた。
もっともそれは自分が飲むためというよりも、膝の上に抱きかかえている子供のためだろう。
現に小さな器に移された飲み物はもはや彼に独占されてしまっている。

「……あんまり、驚かないんだね……」

何に対してのことを言っているのか、しばし逡巡する。
現状況を見て最も常識から逸していることは、彼女が此処に「生きて」いるということだろう。

「ああ……まぁね。知ってたから、と言えばいいかしら」
「え……知って…?」
「千鴉って男にね、聞いたのよ。貴方の素性とか、色々。おおまかなことなら把握してるわ」
「……そっか、千が……」

そもそも自分がこんな異国の地に居るのも彼に連れて来られたからだ。
少し前に家の内部でごたごたがあり、危うく一生幽閉されるところだった私を逃がしてくれた。
そしてその時に、病死した妹が姿を変えて存在していることを聞き出したのだ。

目の前の彼女は最期に見たときよりも幾分成長している。
何よりも健康そうでいることが嬉しかった。

「最もこんな場所で会うなんて思いもよらなかったけれど……それよりも何よりも」

自分に視線が注がれているのを感じ取ったのか、赤子がきょとんとして顔をあげる。
先ほど懐かしさを感じたのは、その顔が幼い頃の妹によく似ていたからだ。

「私が一番驚いたのはこの子!……自分の目を疑っちゃったわよもう」
「あ、アハハハ…… でもカワイイでしょ。
 こないだやっと歩けるようになったばかりなんだけどさ、目を離すとすぐにどっか行っちゃって…」
「まさか甥っ子が出来るなんてね……夢にも思わなかったわ」

言いながら一つ溜息を吐く。
他に兄弟が居ないわけでもない。だが絶縁状態でもうきっと会うこともないだろう。
そんな中めぐり会えたこの小さな命の存在が、嬉しいようなくすぐったいような、そんな感傷を思い起こさせた。

「それにしてもこの子一体誰の子………ああ、やっぱりいいわ。大体見当はつくから」

子供の持つ鮮やかな薄い翠の眼の色と、子供のくせに些細なことでは動じそうにない、ある意味豪胆ともいえる顔つき。
それにもまた覚えがあった。

「や、やっぱ、判っちゃう……かな……?」
「むしろ別の人……っていう方が、考えにくいものね」

そういえばあの時から姿を見ることもなくなった。ならば今も行動を共にしているということだろうか?
その考えに至り、ふと安堵している自分に気づく。そんな自分になんとなく腹が立った。

「それよりも星華、一体なんでこの国にいるわけ?」
「ああ……まあこっちにも色々とあってね。話せば長くなるけど、家を出たの。
 今は朔良のところで世話になってるわ。……あなたも付き合いあったんでしょ?」
「……ふうん、朔良の」

そうぽつりと呟いた彼女の表情が、懐かしさで僅かに緩んだのを感じ取った。


ジュースで腹が満たされたのだろうか、子供がファアと小さな欠伸をこぼす。

「……あれ、もう眠い?」

ふと外を見るともう日も傾き始めている。いつのまにそんな時間が経ったのだろう?

「そろそろお開きかしらね、王子様もおねむのご様子だし」
「あ……そっか。もうこんな時間……」

少し寂しそうに俯く彼女が愛しく思える。
知らぬ間に自分も随分と丸くなったものだ。

「そうそう、貴方には聞きたいこともあるし話しておかなくちゃいけないことも沢山あるのよ。
 また後日日を改めていらっしゃいな」
「え……と、何処、に……?」
「ヘブンズの家。場所は知ってるでしょう?」
「ち、ちょっと待ってよ!だけど僕は……」

誰にも会うつもりは無い、と。彼女の目はそう言っている。
数年前の彼女の死は付き合いのあった者には伝わっているだろう。
既にこの世を去った者が再び目の前に現れることに抵抗を覚えるのは人として何ら不思議の無いことであり、
それが分かるから彼女自身、自ら知人に会おうとはしなかった筈だ。

しかしかつて自分の妹であった存在は、姿は多少変われど現に今此処に「生きて」いる。
幻影でも霊魂などでもなく、呼吸して立って、この場に存在している。
この現実をもっと多くの者に知らしめてやりたかった。

「あの連中がその程度のこと受け入れられないようなタマだと思う?
 むしろ近くまで来てるのに訪ねなかったなんて知ったらそっちの方が怒り狂うんじゃないかしら。朔良なんて特に」

その言葉に彼女はう、と怯む。これで次の約束は取り付けたも同然。
満足げににっこりと微笑んでやった。


「ねえ月璃」

すうすうと気持ち良さげに眠る我が子を抱きかかえ、帰路につきかけた相手に声をかける。

「これだけは忘れないで。
 貴方の素性がなんだろうと、……例えもう血は繋がっていなくても、私が貴方の姉ってことには変わりないんだからね」

彼女は何も言わずこちらを見ている。
その顔に映るのは今にも泣き出しそうな表情で、それは以前見たことのある妹のそれと全く同じものだった。

ああ、大丈夫だ。

周りがどれだけ変化しようと、変わらないものだってちゃんとある。
それを忘れることさえなければ、きっとこれからもやってゆける。
了。
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