フェリード/赤白 > crimson phantom 10 「叶わぬ願い」
-- Update :2001-10-12 --
少し前 / シエル、BJ、レンカ
突然の、轟音と衝撃。
それらによって、悪夢の中をさまよっていた意識は瞬時に現実に引き戻された。
空気がビリビリと張りつめている。
シエルはとてつもなく嫌な予感に襲われた。

彼女のために用意された食事は、無惨にも床に散らばっている。
それらを踏みつけないように、なんとか移動する。
身体は嫌になるほど重く、疲労していたが、そんなことになど構っていられなかった。
この感覚には覚えがある。あの時と全く同じだ。

激しい眩暈がし、シエルの身体は床に沈み込んだ。
身体が全く思うように動かない。

視線が床に近くなったために、テーブルの下に落ちていた紙束に気付いた。
あれは―――

まさか、彼は知ってしまったのだろうか?

立ち上がろうとしたが、どうしても身体が動かない。
こんなことしている場合じゃないのに。
早く、あの人のところへ行かなきゃ―――

ドアが開き、黒煙と共に見慣れた少年が飛び込んできた。
どうやら外はここ以上に酷い有様のようだ。

「―――BJ……」
「……ああ、起きてたのか。立てるか?……って、無理だな。その様子じゃ」
BJはシエルを抱え上げる。彼の顔はひどく青ざめていた。

「ねえ……、あの人はどこ……?」
少年は何も答えない。

再び轟音と爆音。
BJはシエルを抱えたまま、比較的被害の少ない裏口の方へ向かう。
「お願い、彼に会わせて……!」
シエルは必死で懇願するが、彼は耳を貸そうとはしない。

「―――あいつ、お前を捜してる。……なんでだか分かるか?
 あいつにはお前の存在が邪魔なんだ」
BJはシエルを睨みつける。
彼の表情もまた、とても苦しそうだった。

「いいか、あいつはもう……レンカじゃないんだよ」

聞きたくない―――!
そんなの知らない。彼に、逢いたい……

有らん限りの力で抵抗するが、衰弱しきった彼女の力は少年にはとても敵わない。
どんなに喚いても泣き叫んでも、BJはシエルの願いを聞き入れてはくれなかった。

そして、その声すらも爆音にかき消される―――



突然降って湧いた災害に、人々は訳も判らずただ逃げまどっている。
そして宿から燃え上がる炎は多少の雨などものともせず、全てを焼き尽くそうとしていた。
あの時と同じ光景。少年は今も、あの炎の中にいるのだ。


シエルの願いはいつだってたった一つしか無かった。
何も大それた事を望んだわけではない。
ずっと彼の傍に居たい―――ただ、それだけだったのに。
それが叶わぬのなら、せめて。
例え僅かな時間しか残されていないとしても、少しでも長く彼の傍に居たかった。
こんなところで失う訳にはいかないのだ。

キリはシエルを探している、BJはそう言った。
何も怖れるものなど無い筈のあの少年が、彼女を消したがっている。その理由は―――。

レンカはまだ、完全には消えていない……?

キリは怖れているのだ。2年前と同じように。
シエルの存在によって、レンカが再び現われるのを。


ひときわ大きい爆音がして宿の入り口が吹き飛んだ。
その音に一瞬、BJの腕から力が抜ける。
渾身の力を振り絞って、シエルは自らの動きを封じていた力から抜け出した。

―――身体が、不思議なほどに軽い。

キリはただシエルだけを見据えていた。
そして、狙いを定める。

少年の許にたどり着いたとき、シエルは腹部に熱い痛みを感じた。
倒れ込むように彼の腕を掴む。
その時シエルは、少年の瞳の色が変わるのをはっきりと見た。

―――ああ、彼だ……。

意識は遠のいていったが、レンカが戻ってきてくれたのが嬉しくて
……シエルは静かに微笑んだ。


―――次第に激しさを増していく雨によって急速に勢いを弱めていった炎の中で自らの手により、血に染まって倒れた少女を前に
レンカはただ、呆然と立ち尽くしていた―――。
白視点。嵐編。
11へ続きます。
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