フェリード/赤白 > crimson phantom 6 「キリ」
-- Update :2001-08-18 --
少し前 / シエル、レンカ
全身が軋んで痛む。
丸2日も寝込んでいたせいで、さすがに身体を動かすのは楽ではなかった。

ガレットに攫われた日、レンカの腕の中で泣いた後の事を、シエルは良く覚えていない。
どうやら高熱を出して倒れてしまったようだった。何かあるとすぐに熱を出してしまうひ弱な身体が恨めしい。
もう熱はすっかり下がったようだが、寝続けていたせいでなんだかだるい。
それに喉がとても乾いていることに気づいた。

(……水……貰って来よう……)

立ち上がりかけたとき、扉がノックされた、
入ってきたのはレンカで、水差しとコップを載せたお盆を持っている。
「―――なんだ、起きてたのか。ホレ水」
「……ありがと……」
コップの水を一気に飲み干した。
のどを潤し、乾いた身体の隅々まで水分がいき渡る。ようやく、生き返った感じだ。

ふうと一息吐いたシエルからコップを受け取り、レンカは訊ねてきた。
「ほんとに大丈夫なんか、お前……」
「うん……もう熱も全然無いみたい。ごめんね、心配かけて」
「ああイヤ、それは構わねーけどよ……。あんま無理すんじゃねーぞ?」
そう言い残し、去りかけるレンカの服の裾を思わずはっしと掴む。

「―――何?」
「ねえ……何処か行っちゃったり、しないでね?」
「…………は?何言ってんのお前」
言ってから、妙なことを口走ってしまったと気づく。
だが、シエルにとっては切実な想い。不安は常に付きまとっているのだ。

レンカがガレットに銃を向けていた時、シエルはとても怖かった。
あの時のレンカが、2年前の火事の日の少年と重なって見えたのだ。
彼が彼でなくなってしまい、何処か手の届かないところに行ってしまいそうで、怖ろしくて堪らなかった。
もう二度とあんな想いはしたくない。

「……ごめん。何でもない」
だが彼にとって、彼女の言葉はきっと意味不明だろう。知られる訳にもいかない。
シエルは掴んでいた裾を離した。
そんな彼女の想いを知ってか知らないでか、レンカはシエルの頭をぽんと叩いた。

「ああそうだ、その花」
「花……?」
ふと思い出したようにレンカが言う。
見るといつの間に飾られたのか、ベッドの脇の花瓶に花が差してあった。
前はこんなの、無かった筈だ。

「綺麗……。どうしたの?これ」
「…………。昨日カルオって奴来てさ、お前が寝込んでるっつったらソレ、持ってきたんだよ」
「カルオさんが……?」
こんなに綺麗な花……今度会ったとき、ちゃんと御礼を言わないと……。

「―――まー随分と心配してたみたいだけどねー仲良いんだなー」
レンカのその言葉には、心なしか棘が感じられた。おそるおそる訊いてみる。
「……ねえ、カルオさんのこと……嫌いなの?」
「嫌い?―――ハッ。ほとんど喋ったことも無いのに嫌うも何もねーだろうがよ」
何故だか益々機嫌が悪くなっている。シエルはおろおろするばかりだ。

レンカは無意識のうちに自らの頭に手をやっている。
それに気づいて、シエルは訊ねた。
「……ね、もしかして頭痛いの治ってないんじゃない……?」
前から気にはなっていたのだ。彼は大丈夫だと言いながらも、時々今のように頭を押さえていた。
「……大したことねーよ、別に……」
「でも、ずっと続いてるんでしょ?本当に大丈夫なの?」
「平気だっつってんだろ!いちいち気にしてんじゃねーよ」
乱暴に彼は言い放つ。

それに気圧され、一瞬足元がふらついた。そういえば寝込んでいた間、何も食べていなかったのだ。
「お、おい……大丈夫かよ。いーから寝てろよお前」
「ちょっとふらついただけよ。子供扱いしないで!」
自分の心配はさせてくれないくせに、人のことばかり気にかけるレンカに腹が立ち、支えようと伸ばしてきた彼の手を乱暴に振り払う。
レンカは明らかにムッとしたようだが、構っていられなかった。

「……何なのよ、人に散々心配かけてたくせに。
 いきなり居なくなって、一体どれだけ心配したと思ってんのよ」
感情が高ぶって、ポロポロと涙が溢れてきた。
レンカに逢ってからこっち、随分と涙もろくなっている気がする。

「何も言わないで、勝手に消えて……。……約束、したくせに……」
きっと彼は覚えていない。こんな事言っても仕方ないとは分かっていたが、口にせずにはいられなかった。

「―――悪かったな、守れもしない約束なんかして。俺だって好きで忘れてたんじゃねーや」
「…………え?」
レンカは忌々しげにぼそりと呟いた。
「……畜生、何で……ねーんだよ」
「何……?よく聞こえない……」
彼はそれには答えず、無言でシエルを睨みつけている。

肩を壁に押しつけられ、唐突に唇を奪われた。

頭が真っ白になる。腹が立っていたのも何もかも、一瞬のうちに何処かに消え去ってしまった。
どこか乱暴で強引なキス。
彼の唇は熱く、また、熱が上がってしまいそうだった。



幸いというか何というか、熱はどうやらぶり返しはしなかったようだ。
変わりに別の熱に浮かされてはいたのだが。
気持ちが全然地に着いていない。
なんだかふわふわ浮いているような感覚が、一日中続いていた。

アニタが帰ってきたのにも最初気づかなかったくらいだ。
彼女はシエルがぼーっとしているのを見て、まだ熱が下がらないのかと心配すらしていた。

夕食の時間、少年二人の姿はなかった。ほっとしたような残念なような、不思議な気分になる。
アニタの仕事はとりあえず一区切りついたらしい。
今はBJの用事とやらで動いているようだった。

シエルは詳しくは聞かされていない。というか、仕事に関する全てのことをレンカは話したがらなかった。
それがシエルには少々不満なのだ。
ただ養われているだけの立場というのは嫌だった。
せめて何か、できることをしたいと思う。もっとも彼女に可能な事なんて限られているのだが。

(……今度また、ちゃんと話さなきゃ。……それで私にもできる仕事、捜してみよう)

娼婦に戻るつもりはない。
だが彼と生きていくために、少しでも何か役に立ちたかった。


真夜中、物音がして目が覚める。
眠りが浅いのか、僅かな音でもすぐに気づいてしまうようだ。
アニタが起きあがり、寝台の縁に座っている。
一度眠ると朝まで起きない彼女にしては珍しいことだった。

「アニタさん……?」
「―――ああ、ごめん。起こしちゃったわね」
彼女の顔は暗闇でもはっきり分かるほど青ざめていた。
「どうしたんですか……?どこか、気分でも……」
「……違うのよ、心配しないで。ヤな夢……見ただけだから」
ただの夢というには、彼女の様子は尋常ではなかった。

心配そうな顔を隠しきれないシエルを見て、アニタは苦笑する。
「ちょっとね。昔のことを夢に見るの」
「昔……」
過去に何かあったのだろうか。今でも夢にうなされるほどの、苦しいこと―――。

少し考えて、シエルは言ってみた。
「あの……差し障りなかったら、お話しして貰えませんか?
 ……聞くだけしかできないけど……誰かに話せば、楽になれるっていうこともあるし」
「……ありがとう。だけど……聞いても気分いい話じゃないわよ?」
シエルはこくりと頷く。
力になれるならなんだって構わない、そんな心境だった。

アニタは少し困ったように笑い、口を切った。
「―――前に少し、話したことあったでしょ?あなたたちと同じくらいの子がいたって。あたしの知り合いで、もう死んじゃった子のこと。
 その子、あたしの甥っ子なの。……キリって、言うんだけどね―――」



アニタが生まれたのは北方の山奥にある、とある村だった。
何もない小さな村だったが、昔から多くの魔術師を生み出してきた。
土地柄によるものか、血筋が関係しているのかはっきりしたことは定かではなかったが。
伝統有るいくつかの家からは名のある魔術師が数多く出ており、アニタの家もそういった家系の一つだった。

アニタ自身にはそういった素質は見られなかったが、彼女の年の離れた兄と姉は、将来を有望視された魔術の使い手だった。
とりわけ姉の力は強大で、当時村一番とも言われていた。
アニタにとって姉は大好きで憧れの人だった。綺麗で強くて、そしてアニタにとても優しかった。
魔術の素質のないアニタはそのことに少なからずの劣等感を抱いていたが、姉はいつも彼女を励ましてくれていた。

そして姉は16の時、赤子を身籠もる。
まだ若くその上未婚だった彼女は、しかし周囲の猛反対にも拘わらず、一人で産み育てることを宣言した。
その決意は固く、ついに周りが諦めざるを得なくなる。
だが相手のことに関しては、決して口を割ろうとはしなかった。

やがて生まれた赤ん坊はそういった経緯にも拘わらず、皆から祝福を受けた。
母親の血を受け継ぎ、強い魔力を有していることを期待されたのもあるが、何よりもとても愛らしかったのである。
母親によく似たその赤ん坊は男の子で、キリと名付けられた。

アニタは歳が近いこともあり、まるで弟のように可愛がった。そしてキリも、アニタに一番懐いていた。
キリは期待されていた魔術の素質は見られなかったものの、元気にすくすくと育っていく。

悲劇は、キリが3才の時におこる。

アニタの一番上の兄が、事故で死んだのだ。
将来を約束されていた彼の死は、村中の者に惜しまれた。
とりわけ兄と仲の良かった姉の悲嘆ぶりは大層大きかった。
彼の死から次第に姉は変貌していく。
以前のような明るさはなくなり、人と話すことも少なくなった。

ある時彼女は、キリを道連れにして死の道を選ぼうとしていた。
すんでのところで止められたが、その時彼女はある事実を口にする。

―――この子は私と兄さまとの間に生まれた子よ―――

醜聞は瞬く間に村中を駆け抜けた。
それまで栄華を誇っていた家は、周囲から白い目で見られるようになる。
父の怒号、母の嘆き、そして姉の狂気の笑い声。
そういったものが毎夜のように続く。
アニタは家の片隅で、キリを抱きしめて震えていた。
全ての元凶はキリだと両親は言っていたが、何故キリが悪いのかアニタにはまだ完全に理解できなかったし、こんな幼い子に罪があるとはどうしても思えなかった。
幼いながらも周囲の彼に対する憎悪は感じ取っていたはずだ。
だがキリは泣きもせず、ただじっとアニタに抱かれるままだった。

そしてついに、姉は再び我が子を手に掛けようとする。
この時既に彼女は狂気の世界の住人と化していた。
アニタは必死で庇おうとしたが、彼女の魔力の前には為すすべもなく、傷ついて倒れた。

「―――おねえちゃん……?」

痛みに呻く彼女を見て、不思議そうにキリは声を掛ける。
そして自分に対して殺意を込めた力を放とうとしている母親に目を向けると、ぽつりと呟いた。

「つまんないや」

次の瞬間、姉の身体は音を立てて弾けた。
一瞬のうちに部屋は真っ赤に染まる。
おもちゃのように壊れて崩れた母親を見て、キリはくすくすと笑う。全く邪気のない笑顔で。

アニタの悲鳴を聞きつけて両親が部屋にやってきた。
彼らはその部屋の惨状を見ても、最初は何が起ったのか分からない風だった。
だが、母親の血に染まり無邪気に笑うキリを見て、次第に顔色が変わってゆく。

「ば……化け物…………!!」

その声に反応してキリは彼らを見ると、にこりと笑った。
今度は轟音と共に、部屋の半分が崩れて吹き飛ぶ。
両親の身体を巻き添えにして。

「おねえちゃんも、いっしょにあそぼうよ」
無邪気に笑いかけてくるキリに対して、アニタはただただ震えながらかぶりを振るしかできない。
キリは不思議そうにちょっと首を傾げ、「ぼく、おそといってくるね」と言い残し部屋からかけていった。

その夜村で起った惨劇を、幸いなことに彼女は目にしていない。
濃すぎる血のせいであまりにも強大な力を持ってしまったキリによって、村は一夜にして壊滅した。

翌日、運良く隣町にでかけていた村人が戻ってきたとき、生存者はキリとアニタしか居なかった。
ただ怯えるばかりのアニタと幼すぎるキリからは何も有力な情報は得られず、その夜の出来事は謎のまま、忌まわしい事件として闇に葬られた。



その日を境にアニタは心神喪失状態となる。
やっと口が利けるようになったのはそれから二年も経った後だった。
彼女は真相を伝えようとするが、あまりに常識外なために誰にも相手にされなかった。

そしてその一年後、悲劇は再び起る。キリが預けられていた施設で。
原因はキリが可愛がっていた小鳥を友人がふざけ半分で傷つけたせいだと聞いた。
今回は目撃していた生存者も多数居たために、キリはすぐさまとある研究施設に隔離された。
保護と称した、研究と管理の目的のために。

やがてアニタもその研究所に呼ばれる。キリとの意志疎通が可能なのは彼女しか居なかったのだ。
アニタ以外の者を、キリは人間と見なしていなかった。すぐに壊れるおもちゃぐらいにしか認識していなかったのだ。
キリは3才の時の精神状態に戻ってしまっていた。

研究所の目論見は、やがて脆くも崩れ去る。
キリの力は強大すぎて、研究どころの話ではなかったのだ。
研究の成果どころか、犠牲者を多数生み出すことになる。多くの死傷者や、そうはならなくとも彼の精神攻撃により精神に異常を来す者が後を絶たなかった。

そうしてついに、所の責任者は最終手段をとることを決断する。
すなわち、キリの抹殺を―――。


「今でも良く分からないの。それが正しいのか、間違っているのか……。
 あの子には善悪の判断がついていなかったの。3才の時……姉さんに殺されかけた時から、どこか壊れちゃってたのかも知れない。
 ずっと傍で見てるとね、あの子の中の力がどんどん大きくなっていくのが分かるの。
 ……凄く、怖かった……。まるで、悪魔を見ているみたいで……」

アニタは思い詰めた表情で語っている。
シエルは何も言えず、ただじっと聞いていた。

「……だけどね……時折見せる、あの子のちょっとした表情とか仕草がとても人間らしくて……
 それが凄く、愛おしかった……
 あたし一体、どうすれば良かったのかしらね……」

「……ごめんなさい、私……何も言えなくて……」
彼女を楽にできる言葉なんて、そう簡単に見つけられそうにもなかった。
アニタは困ったように笑って言う。
「ううん、いいのよ。聞いて貰えただけでも少し楽になれたから。
 ……こっちこそごめんなさいね、こんな話しちゃって」
シエルは黙って、首を振る。


アニタがこれ程までに重い過去を背負っていることになど、普段の彼女からは想像もつかなかった。
いつも明るく元気だったから。

(……私も、もう少し強くならなくちゃ……)

苦しさを乗り越えて、笑っていられる強さを持ちたい。
アニタを見て、シエルは心底そう思った。


シエルはまだ気づいていなかった。
アニタが何故、彼女にこんな話をしたのか、その本当の理由に―――。
白視点。昔話編。
7へ続きます。
Copyright (C) 2020 kohituji. All Rights Reserved.