フェリード/赤白 > crimson phantom 9 「崩壊」
-- Update :2001-09-30 --
少し前 / レンカ、BJ
2日前の嵐の日から、ずっと雨は降り続いていた。
憂さ晴らしに外出したくても、この雨ではよけいに気が滅入る。何もすることがないのでレンカの鬱憤は募るばかりだ。

BJに遅れること半日、宿に帰ってきてからレンカはまだ一度もシエルと顔を合わせていない。
彼女はずっと寝込んでいた。
BJが言うには少し疲れが出ただけだろうとの事だったが、彼自身、どこかいつもと様子が違っている。
何かを隠しているらしいということは容易に想像がついたが、突っ込んで聞いても彼の口からは何も聞き出すことが出来なかった。
アニタはBJと入れ違いに宿を出ていったらしいので、留守中に何があったのか、それ以上知る術はなかった。

帰ってきたらすぐにでも宿を引き払うつもりだったが、シエルが当分動けそうにもないのでそれも先延ばしになる。

何もする事がないので、彼にしては大層珍しいことに、色々と考え事などをしてみた。
今までのこと、これからのこと、そして彼自身のこと。
こんなにも真面目に頭を働かせたのはもしかしたら初めてかもしれない。

記憶は、シエルと会う以前のことは、相変わらず何一つ分からない。
散々考えて考え抜いた結果、一つの答えに辿り着いた。
過去など所詮、過ぎ去ってしまったモノ。
例えどんなにとんでもない過去だとしても、逆になんて事のない平凡なものだったとしても、今ここに「自分」が在ると言う事実は変わりようがないのだから。
肝要なのは「現在」であり、その延長にある「未来」なのだと。
多少不安定な感は否めないが、自分を必要としてくれる誰かがいる限り、何とかやっていけるだろう。そう思った。


シエルの部屋の扉をノックする。
返事はない。眠っているのだろうか。
少々気が引けたが、中に入ってみる。案の定彼女は布団にくるまって静かな寝息を立てていた。
テーブルの上に用意された食事には、手を付けられた形跡がない。
ただでさえ食が細いのに、病気ともなるとほとんど何も口にしなくなってしまう。
白く細い、少女の身体。もう少し元気になってくれればと思うのだが。

初めて彼女を見かけた日のことを思い出す。
遊んでいて偶然に部屋の前までやってきていたのだ。
普段なら気にも止めることのない、陽の当たらない一角だった。
その時も少女は今と同じように、一人静かに眠りについていた。
地べたを駆け回る自分とは全く別の世界の住人―――そんな印象を持ったことを、おぼろげながらも思い出す。

ふと、足元に白い物が落ちているのに気付いた。
ベッドの下から覗いているのは、分厚い紙束―――何かの書類のようだった。
アニタが忘れていったのだろうか。
拾い上げると一枚目に書かれた「報告書」の文字が目に入る。

……見る、つもりはなかったのだ。
だが手は無意識のうちにページを捲っていた。

そして彼は知ることとなる。
キリ=ブレイカーと呼ばれた少年の人生を―――。



シエルの部屋から出たとき、廊下を歩いていたBJと鉢合う。
「―――ああ、そこに居たんだ。……姫さんの具合どう?」
「ずっと寝てるよ」
「ふうん……。ま、そのうち良くなるだろ。女の子なんだから色々あると思うし。
 今はそっとしとくのが一番だよ」
BJは彼と目を合わせようとしない。

―――ああ、そうか。
こいつら、もう知ってるんだ。

そう考えれば全てが納得いく。
BJの様子がおかしいのも、シエルが倒れた訳も、アニタが突然消えた理由も―――。

「……? おい、どこに行くんだよ」

簡単なことだ。
いつまでも経っても昔のことを思い出せないのは、そんなもの最初から存在していないから。
自分は本当に、薄っぺらなモノでしかなかった。

漸く、全てが理解できた。
そう考えるとあらゆることのつじつまが合う。

記憶が度々途切れがちになるのも。
黒い感情に飲み込まれそうになるのも。
時々自分が自分でなくなるような感覚を覚えるのも、全部―――

     ―――ソウダヨ
     ダカラオマエ、トットトキエチマイナ



その瞬間、レンカの中で何かが壊れた。
赤視点。自覚編。
10へ続きます。
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