少し前 / [ノルフィス] 菖蒲(ミザル)、桔梗
雪は降りつづけ、あたりはもう真っ白だ。
涙は既に枯れ果て、思考するのも億劫で
もうこのままこの真っ白な雪に埋もれてしまいたかった。
だけど人ではないこの身体では、楽になる事すら許されない。
声が聞こえる。
こんな所に人など来るはずが無いから、きっと、幻。
誰かを呼ぶ声。
此処には誰も居ないのに。ただ死を待つだけの女しか。
……誰の名を呼んでいるの?
それはもう、棄ててしまった名前なのに。
「―――菖蒲」
その口から、その声で
私の名を呼ばれる事をどれほど望んでいただろう。
その目に、真っ直ぐに
見つめられることを、どれだけ焦がれていただろう。
ずっとずっと会いたかった、私の半身―――
「菖蒲」
彼の口から私の名が紡がれる。初めて耳にする、声。
…………
だめ、きちゃだめ、そばにきちゃだめ
引き摺ってしまう、暴走してしまう
あなたが、壊れてしまう……!
静かになっていた雪は、突如としてその勢いを取り戻し
白い嵐は周囲の木々を薙ぎ倒して、全てを飲み込んでいった。
続きます。
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