少し前 / [ノルフィス] 菖蒲(ミザル)、桔梗
雪はいつのまにか、その勢いを増していた。
あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。
どれだけの距離を歩いてきたのだろう。
手も足も、もう感覚はとうに無くなってしまっている。
だけど歩きつづけた。そうすることしかできなかったから。
辿ってきたのは、帰る筈だった方向とは逆の道。
もう帰れない。あの、愛しい空間には。
心が千々に引き裂かれてしまいそうだ。
帰りたい、帰りたい。
あのひとの許に帰りたい。
生まれて初めて幸せだと感じさせてくれた、あのひとのところへ。
永遠に続くものだと思っていた。何の根拠もないのに。
私は、既に罪人だったのに。
帰ったところで、きっともう元には戻れない。
罪の意識は決して頭から離れることはないだろう。
あのひとに笑顔を向けることすらできないかもしれない。
そんな風に汚したくなかった。あの愛しい暮らしを。
これは、罰。
身勝手で愚かな女へ下された、神の罰。
自分の犯した罪を忘れて、一人幸せになるなど
許される筈もないのだから。
涙が後から後から溢れてくる。
もう枯れるほどに泣きつづけたというのに。
泣いても泣いても、もう決して何も戻って来はしない。
雪は激しく、止む気配もない。
その勢いに、私の泣き声すらもかき消されていった。
続きます。
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