現在 / リュカ、マチルダ
部屋で本を読んでいると、俄かに階下が騒がしくなった。
彼女が帰ってきたのだろうか。
出て行こうかとも思ったが、きっとこちらが行くよりも向こうが顔を見せに来る方が早い。
案の定、程なくパタパタと足音が聞こえ部屋のドアが開いた。
一月振りに見る姉は、心なしか僅かに痩せた気がする。
ちゃんと食事はとっているのだろうか。
元気だった?とか変わったことは無い?とか、いつものお決まりの言葉を口にし、彼女は向こうであった出来事を逐一報告してくる。
楽しそうに話すのがまた、癪に障る。
そのうちふとこちらを見て、不意に尋ねてきた。
「ねえ、あなたまた背伸びた?」
「……一月やそこらでそんなに変わらないよ。マチルダが縮んだんじゃないの?」
そう言ってポンポンと頭を叩くと、「縮んでなんかいないわよ」と拗ねたような顔をする。
「あとね、お姉ちゃんって呼びなさいっていつも言ってるでしょ?」
はいはいと苦笑して受け流す。聞き入れやしないけど。
「それにしても、こっちはいい天気ね。向こうを出るときはまだ雲が多かったのに……」
窓の傍まで寄って気持ち良さそうに森から吹いてくる風を顔に受けている。
「こんないい天気なのに、あなた外に行かないの?」
「出てもすることがないし。部屋で読書でもしてる方がいいね」
「いい若者が何言ってるのよ。……こないだの子は?どうしたの?」
一瞬誰のことを言ってるのか分からなかった。
「―――ああ、別れた」
彼女は僅かに眉をひそめる。
「……また?感じの良さそうな子だったのに」
「さて。どうだかね」
がっかりした。と、女は言った。
一体どんな幻想を思い描いていたのだろう、この俺に。
勝手に期待を膨らませて近づいてきて、勝手に幻滅して離れていった。
もう顔すらもよく覚えていない相手だけれど。
何時の間にか傍まで来ていて、彼女はじっとこちらを見てこう言った。
「……もっと自分のこと、大切にしなさいね?」
マチルダには言われたくないな。
そんな言葉が喉もとまで出かかる。
曖昧に笑って誤魔化し、まだ不満そうにしている彼女の背を押し部屋から出した。
今回は何日ぐらい、こちらに居られるのだろう。
行ってしまえば今度こそ、もう帰って来ないような気がする。
行くなと言ったところで彼女は聞かない。俺には引き止めることが出来ない。
読みかけの本が風に吹かれ、頁がパラパラとめくれていった。
マチルダ帰省時。
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