現在 / キリエ、月璃
彼は内心焦っていた。
世にも珍しい生き物を手に入れられた時には一攫千金したかのように思えたが、現実はそう甘いものでもなかった。
裏取引が一つの売りであるこの豪華客船に乗り込み、もう一週間が経つ。
物珍しげに見物に来る者は後を絶たなかったが、いざ取引の話になると皆引き腰になる。
…値段を高くつけすぎたか。
いや、世界にふたつとない珍種なのだ。この位の価値はある筈。
しかしもう少し待って買い手がつかなかった場合、少々の引き下げは覚悟しておかなければならない。
肝心の商品も日が経つにつれ弱ってきている。死なれては元も子もない。
彼に思いつくだけのことはしてきたつもりだが、元より人魚の世話などの知識は持ち合わせていなかった。
「ねえ、この子僕に頂戴」
先ほどから部屋に来、品定めをしていた相手が口を開く。
どうせ冷やかしだろうと思っていただけに、彼は少々不意を突かれた。
彼はその相手の素性を知っており、その家柄から考えればなかなかの上客ではあった。…が。
ヒトに限らず、生体売買だのの類には一切手を出していなかったと聞く。
だから今回見せて欲しいと部屋に現れた時には、愛想は振りまいてはみたものの「客」としては見ていなかった。
「おや坊ちゃん、お気に召されたようで?流石は目が高い!なにしろこれは全世界を探しても類を見ない…」
「御託はいいから。くれるの?くれないの?」
思いの他鋭い目に射抜かれ、彼は一瞬怯んだ。
しかしすかさずぱんと両手を打つ。
「ああ勿論!この者も坊ちゃんのような方に目を留めていただいて光栄に思っていることでしょう。
しかしまたとない珍種でして。少々値段も張りますぞ?」
「ああそう。それで、いくら?」
彼は一瞬値段を下げるべきか迷った。
相手は言ってみれば同業の世界に身を置く者。相場に関しての知識もあるやもしれない。
しかし所詮は子供。そう侮って今までと同じ金額を口にしてみたが…やはり読みは甘かったようだ。
相手は片眉を上げ、彼を睨みつけた。
「…ちょっとそれ、ぼったくり過ぎじゃない?」
彼もひととおりは頑張ってはみた。「世界に一つしか無い珍種」という武器を使って。
しかし今回ばかりは相手が悪かった。
「アンタさあ、あんまり評判よくないみたいだよ。結構あくどい商売やってるみたいだね」
「敵も多いみたいだね。アンタに恨み持ってるっていう人割とあちこちで聞くよ?」
「名前何度も変えてるみたいだけど…そういう情報欲しがってる連中も多いんだよなー」
ちくりちくりと痛いところを突いてくる。
中にはどうしてそんなことまで知っているのかと思うようなこともあり、青くなったり赤くなったりする彼を、憎たらしくも相手は面白そうに上から眺めている。
そしてとどめの一言がこれだった。
「…ウチを敵に回して、生き残れるとか思ってる?」
あの一家に睨まれたが最後、この世界では非常にやりづらくなるであろうことは、彼にも容易に想像できた。
決してこんな子供に負けを認めるのではない。しかし彼にも人生がかかっている。
彼は観念して客に鍵を手渡した。
「どうもねー。アンタのこの先の商売人生に、幸がありますように」
天使のような笑顔でにっこりと微笑み、檻に向かう客を彼はぼんやりと眺めていた。
当初の一攫千金計画には遠く及ばなかったものの、それでも彼の懐には結構な利益が転がり込んではくる。
…まあ、今回はこれで良しとするか。
気力の抜けた頭で彼は思った。
続きます。
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