1年半後位 / 月璃、朔良
「―――マジ、なの?それ……」
告げられた内容にしばしの絶句の後、確認するかの様に問い返す。
相手の力量を信用していないわけではない。
それが意味することのおぞましさを、流石の彼の脳も一瞬受け入れることを躊躇ったのだ。
「間違いない。あの中のどこかに彼女は居る、それは確実だよ」
応える声はまだ幼さの残るものだったが、それには不相応な何かが含まれていた。
この小さな情報屋に会った多くの者が「子供の分際で…」といった感想を抱くが、数年来の付き合いになる彼がそう感じることはもう無くなっていた。
「参ったわね、よりにもよって……」
多少のことでは動じる事の無い豪胆な肝の持ち主である彼の顔にも、僅かながら翳りが生じる。
「―――ねえ、この事乱には……」
「言わないよ。……言える訳ないじゃん」
誰よりも酷い傷を負うであろう人物を、二人は同時に思い浮かべた
「そうね、……どこまで隠し通せるか分かんないけど」
出来る事なら隠し続けておきたいが、遅かれ早かれいずれ知ってしまうだろう事を思うと、とてつもなく気が重くなった。
「―――それから、これ」
重い空気を振り払うかのように、情報屋が分厚い紙束を投げて寄越した。
「連中もそろそろ本腰上げて動き始めてるみたいだ。詳細は全部そん中に書いてあるよ」
「………。フェリードに、ノルフィス……また随分遠くまで来たものね」
ぱらぱらと捲りながらおおよその内容を読み取っていく。
彼にとっては決して楽しい内容ではないが、重要な情報がそこには綿密に記されていた。
想像していたよりも面白くない事態になりそうだった。
「シャナもさ、身辺十分注意させといた方がいいよ。一人で出歩かせたら駄目だ。
あいつが狙われてるのは確実なんだから」
「そうね、気をつけるわ。有難う」
一通り目を通し終え報酬の話を切り出すと、情報屋は首を横に振った。
ここまでのレベルのものになると並みの金額では全く割に合わない。
ビジネスである以上彼も相応の礼は用意していたのだが、相手はそれを受け取ろうとはせずに笑った。
「アンタ達との仕事って楽しいからさ、それで十分だよ。僕にはね」
「………」
趣味でやっているようなものだから、といつも言っていた。
こんなことは何も今回が初めての事ではない。受け取らないと言ったらこの頑固者は決して言を曲げようとはしなかった。
苦笑しつつ、間に置かれた分厚い紙束を見遣る。
「でも、こんな短期間でよくここまで調べたわね。無茶とかしてない?」
「今できる最大限のことをやっておきたかっただけ」
それで話は終わりとでも言うかのように、ソファにぽすんと身体を預けて目を瞑る。
「―――あのさ、アンタにはやっぱ言っておかなくちゃ」
「……なあに?」
心なしか声のトーンが若干落ちている。「情報屋」としての顔はいつのまにか消えており、そこに居るのはただの小さな子供だった。
「……流石に、もうかなり限界みたいだ。多分もう今までと同じようには仕事もできないだろうからさ」
「………」
肌の色の白さは照明のせいばかりでもない。そのまま消えてしまわないのが不思議なほどに。
気丈に振舞ってはいても日々弱っていくのは誰の目にも明らかで、しかし止めた所で聞くような相手ではない。
それは彼でなくとも、別の誰かで既に実証済みだろう。
「……そう。それでも辞めるって言わないところが貴方らしいわね」
「今までと同じって訳にはいかないけどさ、この仕事は最期まで続けるよ。それが、僕の存在意義だから」
「相棒さんには?言ったの?その事」
「…………マダ。近いうちには、言うつもりだけど………」
言いつつ、ソファに寝そべる。
「………来るまで、少し休んでていい?」
誰が、とは言わない。そして聞かずとも彼も了解していた。
肯定の返事を返すよりも前に、静かな寝息が聞こえてくる。
親しい間柄の相手であろうと、人前で簡単に無防備な姿を曝す性格ではない。
一体どれほどの無理をしてきたのか。溜息を吐きながらその身に触れないよう、彼は毛布を掛けてやる。
もう少し寝心地の良い場所に移動させてやろうかとも思ったが、迎えが来るのもそう遅くはならないだろう。
灯りを消し、彼は部屋を後にした。
なんだか難しいはなし。
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