ガルス/J.H.P. > JUNKY HEAVEN 1
-- Update :2010-02-12 --
6年前 / 乱、加那、朔良
低く垂れ込めた雲から流れ落ちる雨は止む気配を見せない。
辛うじて滑り込んだ薄暗い路地裏の隙間では、水滴は凌げるものの体温が奪われてゆく事までは防ぎようがなかった。

この場所が安全だという保障などありはしないが、今はただ息を潜めてじっとしているより他に無い。
まだ先程の男達が近くをうろついているかもしれない。
この界隈がどういう場所か、承知の上で転がり込んだ。
無謀な行為だと思い到らないでもなかったが、他にどこにも行く宛てが見つからなかった。

背後に匿っているものの息遣いが、幾分荒さを和らげていることに気付き安堵を覚える。
と同時に不意に眩暈に襲われた。
緊張で張り詰めていたせいで意識の外に追いやられていた、鈍い痛みと痺れを発している脇腹を見遣る。
銃弾が掠めたらしきその場所はかすり傷だと放置していたが、雨のせいで血が流れてしまっていたらしい。いつの間にか真っ赤に染まっていた。
ヤバい。こんなところでぶっ倒れる訳にはいかないのに。
俺がくたばったら、誰がこいつを守るんだ。
腕を伸ばし、その存在を確認したくて手を握る。まだ意識は戻らないが、その温もりは確かに伝わってきた。

「―――誰か居るの?」

唐突に響いた声に心臓が跳ね上がった。
身体中に緊張が走り、全神経が前方に集中する。
頭が真っ白になっていた。
声の主の靴音が慎重にこちらに近づいてくる。
震える手で傍らの銃を掴んだ。
拾いものだ。こんな得物今まで触れた事すらない。
目隠しとなっていた塗炭の陰から人影が見えた瞬間、指に力を込めて引き金を引いた。

「危っ……!」
至近距離にも関わらず、撃った衝撃で大きくぶれた銃弾は相手に掠りもしなかった。
込められていた弾は一発のみ。もう後が無い。
当然ながら、相手は即座に臨戦態勢を取り身構える。

「……子供……? あんた、怪我してるの?」
相手の発する言葉はもう、意味を成すものとして脳にまで届かない。
怪訝そうに窺う相手から殺意が和らいだのにも気づかない。

これ以上踏み込ませてはいけない
自分たち以外はすべて敵
誰も信じるな
誰も

「―――落ち着いて、乱。 大丈夫だから」

背後から抱きしめられ、耳元で小さく囁いたのはよく馴染んだ声。
大丈夫だという、その根拠など何も無かったけれど、彼女の声は張り詰めていた緊張の糸をぷつりと断ち切る。
既に限界に達していた意識は、そのまま深くに沈んでいった。

   *

(……全く今日はどんだけ厄日なのよ)
占いの結果では悪くない運勢だった。勿論それを鵜呑みにする程愚かではないが、それでも心ときめかせていたいのが乙女というもの。
そもそも溜まっていた案件は減るどころかさらに増え、気分転換にシャワーでも浴びようと思えばシャンプーは切れており、雨の中買出しにでかければ泥水でお気に入りの服は汚れ、ふと覗いた暗がりでは見知らぬガキに発砲される始末。
これを厄日と言わず何と言おう。

発砲者は12、3の子供だった。
この辺りにうろついている悪ガキにしては若干小奇麗な身なりだったし、何より動きがお粗末過ぎる。
他所から紛れ込んでそこいらのチンピラ連中に追われでもしたのだろう。
よくよく見てみれば片腹付近が赤く染まって血溜まりもできていた。
(まるで手負いの獣ね……)
少年は威嚇を続けているが、気力のみで保っているといってもよさそうだ。

さて、どうしたものかと思案を巡らせる。
放置するのが一番賢いが、住処のすぐ近くでこんな子供に死なれるのも夢見が悪い。
かといって大人しく言うことを聞いてくれそうな気配も無く、気を失うまで待って医者にでも放り込んでおこうかと考えていたところ不意に少年が動いた。
―――いや、違う。背後からもう一人が出てきたのだ。
「やだ、二人居たの?」
そこで漸く合点がいく。少年はこれを必死で守ろうとしていたのだと。
現れた人物―――少年と同じ年頃の少女が何事か囁くと、彼は意識を手放したように崩れ落ちた。
そして少女はもう一人を抱きしめたまま、意思のしっかりとした目でこちらを見据える。

「あなた、良い大人?悪い大人?」

唐突なその質問に少々面食らった。
「……少なくとも善人とは言えないかしら。良識あるまっとうな人間はこんな場所を一人でうろついたりしないもの」
「じゃあ、あたしたちを害する人?そうじゃない人?」
「子供をいたぶる趣味は無いわね。まああからさまに敵意向けてくる場合は別だけど」
そういえばさっきはそのボウヤに思いっきり銃口向けられたんだっけ、とぼんやり思い出す。
「それなら、お願い。…助けて」
「……トラブルに巻き込まれるのは御免よ」
そう答えるまでに若干間が空き、内心しまったと舌打ちする。
「こっちもなりふり構ってられないの。……早くしないと、乱が死んじゃう……」
気丈そうにも見えた少女の顔が僅かに歪む。
少年を抱きしめる彼女の手は小さく震えていた。

(やっぱり厄日だわ……)

自分に向けられるその目には既視感があった。他に何も頼るもののない、まるで自分を最後の砦とするかのような目。
まだ年端も行かない子供だった頃、幼い妹の手を離した時と同じ。
今の相手は縁もゆかりも無い見ず知らずの他人だが、自分も何も出来ない無力だったあの頃とは違っている。
何にも気づかず通り過ぎてしまえば良かった。
しかしこの目を見てしまった以上、見捨てて去れば後悔するだろうことは想像に難くない。

(そういえばあの子もこの位の年になるのかしら)
生きていれば。
その望みは限りなく儚いものではあったが。
乱くんがヘブンズに拾われた時。
続きます。
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