/ (マナ、花栄)
白い清潔な箱の中に、一匹の小さなひよこがいました。
ひよこは大切に守られていました。
何故なら、そのひよこは金の卵を産む事ができたからです。
その金の卵はとても珍しかったので、ひよこは上質のえさとふかふかの寝床が与えられていました。
だけどひよこはなんだかちょっと物足りない気がしていました。
そんなとき、白い壁にこっそりと開けた秘密の穴。
そこからひよこは外の世界を眺めることができました。
外の世界は眩しく、色とりどりの光に満ち溢れていました。
ひよこはその世界にとても憧れていました。
だけどひよこの足はか弱く、数歩歩いただけですぐに転んでしまいます。
ずっとずっと長い間、外のきれいな世界は眺める事しかできませんでした。
ある時、ふいに白い箱が壊されます。
ひよこはとてもびっくりしました。
ひよこがどんなにくちばしでつついても、小さな穴しか開けることができなかった白い箱。
それが一瞬のうちに壊されたのです。
そのことにもびっくりしたけど、そこから現れた姿の方にもっとびっくりしました。
今まで見たことも無い、きれいで強そうな獣。
きれいな獣はぴよぴよと鳴くひよこをそっとくわえると、瞬く間に森の方へ駈けてゆきました。
めまぐるしく流れてゆく色とりどりの世界。
そのきらきらとした美しさの前に、ひよこは眩暈さえ覚えたのです。
森の中は、狼にとって庭のようなものでした。
だけどちょこちょこ歩いて端までいける白い箱の中しか知らなかったひよこには、その森は大きすぎました。
大きくて広くて、圧倒的なまでの生命力。
そのあまりの力強さに、ひよこはとても怖くなってしまいました。
遠くから見るとあんなにきれいで美しかった世界。
だけどいざその中に飛び込んでみると、小さなひよこなんてあっという間に押しつぶされてしまいそうでした。
ひよこは怯えて、狼のふさふさの毛の中にずっと隠れて震えていました。
それでもしばらくすると、次第にその世界にも慣れてゆきます。
狼のふさふさの毛の中からそっと顔を出し、小さな足をおそるおそる地面におろしてみました。
白い箱の中のような冷たく固い感触と違い、森の中の地面は柔らかくて暖かく、そしてよい匂いがしました。
ひよこはなんだか嬉しくなって、ちょこちょこと地面を歩いてみました。
でもあまり遠くまで行くのは怖いので、すぐに狼の傍に戻ってきました。
やっぱりひよこには、狼の近くが一番安心できる場所だったのです。
時々遠くまで行き過ぎて独りでぴよぴよと鳴いていると、決まって狼が探しにきてくれました。
心細くて仕方なかったけれど、狼の姿を見かけるととてもとても嬉しくなるのでした。
ひよこは狼のために、たくさん金の卵を産みました。
狼が喜んでくれればいいなと思って卵を産みました。
だけど狼はちょっぴり哀しそうな顔になります。
ひよこは不思議に思いました。
それよりも、ひよこがぴよぴよと鳴いたりころりと転げたりする時の方が、狼はなんだか楽しそうでした。
ひよこは何故だろうと小首をかしげます。
ひよこは毎日、くちばしで狼の毛づくろいをします。
きれいな毛並みがもっときれいになるようにと、心をこめて。
でも時々強くひっぱり過ぎて狼が身震いし、ひよこはへちゃりと転げ落ちるのでした。
泥にまみれてしまうけれど、そういう時は狼が舐めてきれいにしてくれます。
そんなひとときが、とても幸せなのでした。
ずっとずっと、一緒にいられたら。
この強くてきれいな獣と、いつまでも一緒にいたい。
力強い輝きに満ち溢れた世界はまだ少し怖かったけれど、狼と一緒なら不安も消えてしまう。
大好きなこのひとと、いつまでも……
そんなことを思いながら。
小さなひよこは狼のきれいな毛並みの中で幸せな気分にひたりつつ、今日も眠りに落ちてゆくのでした。
ひよこと狼の話。
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