ヴァンセージュ/竜王 > 願わくば花のように 
-- Update :2008-04-06 --
現在 / ラキアス(ライカ)、フィア
時は夕暮れ。傾きかけた太陽が世界を染め上げる。
翼をばさりと拡げ、彼はその身体を空へと躍らせた。
世界は一面金色となりこの姿も今はさほど目立ちはしない。

やっとのことで得られた僅かな自由の使い途は、彼の中ではとうに決まっていた。
目指すは遥か南。
目的とする場所には宵の口は到着するだろう。

辺りは既に闇に沈んでいる。
暗くて目につき難いとはいえ眼下は王城。細心の用心が為されていると言って過言ではない。またそうでなくてはこちらとしても困る。
自らの周囲に目眩ましの術を施し、彼は音も無く中庭に降りたつ。
どんなに堅牢な要塞でも一つや二つの穴はあるもので、加えて空からの襲来は他と比べても比較的見逃され易い。
勿論彼の目的は襲撃などではなかったが。

降下のポイントは事前に入念に調べてある。慣れた様子で目眩ましの術を解き、同時に人型を取った。
同族の中には人の姿を取ることに嫌悪感を抱く者も居るが、彼はむしろこの姿で居る方が気が楽だった。
目立つことも少ないしサイズが小さい分小回りも利く。
人間と同じ視点に立つことで見えてくる物も多く、特に理由の無い限りここ最近では主としてこの姿で過ごしている。

少し歩いて彼女の部屋が見える場所に辿り着いた。部屋の灯りはともっており、無駄足にならなかったことにひとつ安堵する。
さて、どうしたものか。
これから先の行動に思案を巡らせようとしたその矢先、窓が開き少女の姿が月明かりに照らされた。
夜風に当たっているのだろう、暫し目を閉じ心地よさそうな表情をしている。
逢えるのはいつ以来だろうか。随分と時間が経っているように思うのは気のせいかもしれないが。

「―――姫」
その顔をずっと眺めていたくも思うが、部屋に戻られてしまっては意味が無い。
声を掛けるとそれが控えめな大きさだったにも関わらず、彼女はすぐに気づいてくれた。
「…ライカ様?」
驚いたような表情で、ほんのりと頬を紅潮させている。…なんと愛らしい。

すぐに下に降りますとの言葉を残し、王女は一時彼の視界から消えた。
待っている間の時間すらも愛しい。重症だな、と彼は内心自嘲する。
やがて軽く息を切らせて妖精のような少女が目の前に現れた。
決して大げさな表現ではない。その存在はとても儚いものであるというのに、可憐な中に仄かに点る強さも秘めている。

「申し訳ありません、こんな夜分に」
彼よりも頭一つ分背の低い彼女の顔は、近くに寄るとやや上向き加減になる。
「いえ…お会いできて嬉しいです。今日は、お仕事で?」
「そんなところです。折角こちらに来たというのに、姫のお顔を一目も見ずに帰ってしまえば後悔で暫く眠れなくなる」
「まあ…そんな」

彼女の中で彼の存在は使者という立場に留まっている。
王都での仕事のついでに、といった状況設定が一番自然で訝しがられる余地も無い。
彼女に会うためだけに遥か北から飛んできたなどと知られれば、きっと正気を疑われることだろう。

それにしても、薄らと頬を染め恥らう様子は思わず抱きしめたくなるほどだ。
辛うじて理性を保ち、少女の肩に落ちた一房の髪を掬い上げるにとどめる。
「寒くありませんか?そんな薄着で、上着も着ずに」
「あ…いやだわたくしったら。つい、その…あわててしまって」
言われて初めて気づいたのか思わず身を縮める彼女を、彼は自らの上着でそっと包み込んだ。
「多少大きいですが、夜風はしのげますので」
「ライカ様…」
自分の上着に包まれ、おずおずと恥じらいつつもそっとこちらに身を寄せる少女。
我ながら大した理性だと、彼は内心嘆息する。

彼女が呼ぶのは本来自分の名前ではない。
偽りだらけの自分に対し、それでも彼女が好意を寄せてくれるのが分かってしまったから、彼には一層の葛藤が生じる。
彼女が好いてくれているのは「使者のライカ」なのか、自分という個の存在なのだろうか。
竜王という立場に居る以上、先にその地位に目が行ってしまうのは詮無いこととは分かっていたから、その前に一人の男として会っておきたかった。
少し考えれば彼女に混乱を与えてしまうことは簡単に分かっていた筈なのに。
「考え無しの阿呆」とは昔からの悪友でもある側近たちに言われた言葉で、ああまさにその通りだと痛感する。

そもそも自らの蒔いてしまった種なのだから、どうにかして片を付けねばならない。
可能な限り、彼女が傷つかない方法で。
そして願わくば、今と変わらず共に在れる未来を―――。

「…このままどこかに連れ去ってしまいたくなるな」
立場だの義務だのが何も存在しない場所へと。

ぽつりと漏らした彼の言葉が聞こえていたのかいなかったのか。
不思議そうに見上げてくる腕の中の少女に、彼は思わず笑みをこぼした。
竜王と姫の逢引き
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