イズルビ/鬼 > 花の絆 
-- Update :2005-04-01 --
1-2年位前 / 凛花、梅吉
―――今この場で命を落とすか、俺に人生を預けるかどちらを選ぶ?

一体何を言っているのだろう、この男は。
こんなところ来るんじゃなかった。
母さんの言いつけをちゃんと守っておくんだった。

初めて自分の「楽器」をもらって浮かれていたのだ。
新品ではなく誰かのお下がりだったけれど、これは確かに自分だけのもの。そう思ったらまるで一人前のように誇らしかった。
無闇に弾くなと言われていた。
里では音を鳴らすとすぐにばれてしまうから、少し離れた山の奥までやってきた。
初めて弾いた弦の響きはとても綺麗で、旋律も何も知らぬまま夢中になって音を鳴らした。

気づいたときはもう既に遅く、周囲はいつの間にか異様な気配に包まれていた。
そして現れた異形の男―――
知識にはあったものの、実際にこの目で見たのはそれが初めてだった。しかし予想に反してその身体は半ば空に透けている。
男は冷酷極まりない眼差しで震える少女を一瞥した。

殺される、と思った。
里の一人前の術師でさえ、鬼と対峙して死んでしまった者は数多く居ると聞く。
ましてや彼女は今日法具である楽器を手にしたばかりの、何も出来ない八才の子供だ。
異質の力を行使する鬼に敵う筈もなかった。

なのに問答無用で命を奪われるものと思っていた彼女に、男は不可思議な選択を持ちかけてきた。
人生がどうのと言われてもよく分からなかったが、殺されずにすむのならそれに越したことはない。
例え大目玉を食らうことは分かりきっていても、またあの里へ、母の元へ帰りたかった。

「……死ぬのは、イヤ」

からからに渇いた喉から声を絞り出す。小さく掠れたものだったが男には通じたようだ。

―――では、契約をしよう
―――俺の名をお前に託す。それでお前は俺の主となる

実体を持たぬ男は、少女と目線を合わせるためにその場に跪く。

―――俺の名を呼べ。我が名は……―――

変わった名だと、そう思った。
不思議な響き―――このあたりの者ではないのだろうか?

耳元で囁かれたその響きを、違うこと無いようにゆっくりと口にする。
その瞬間、大した取り柄も無いちっぽけな少女の世界は一変した。

季節は雪解けが過ぎ、少しだけ暖かくなってきた頃。
膨らみ始めた梅花の蕾が、ずっと脳裏に焼きついていた。
続きます。
Copyright (C) 2020 kohituji. All Rights Reserved.