1-2年位前 / 凛花、梅吉
時は日も傾きかけてきた午後。ちちち、と鳥のさえずりが聴こえるだけの、長閑な山の奥。
人里から遠く離れ動く気配のほとんどが獣である中、ごく一部だけ人のものが混じった一角があった。
獣道が拓けた空間に、複数の人影が有る。うち、生きた気配があるのは僅かに一名。
他の全ては倒れ伏し、既に魂の去った抜け殻しか残っていなかった。
その、体格の良い如何にも荒くれ者と言った風体の男達の骸を見遣り、立ち木に背を預け肩で息をする娘が一人。
―――せやから言うたんですわ、女の一人歩きは無謀やて
娘にしか聴こえない音で男の声が響く。彼女の内部から。
―――姐さんがどんだけ威勢のええ娘はんいうたかて、所詮は素人に毛が生えた程度ちゅうことがこれでよう判りましたやろ。わいが居らんかったら今頃どないな目ぇ遭うてたか
大仰に溜息を吐く男に対し、娘―――凛花は返す言葉も無い。
口煩い小言から少しでも逃れたいというそれだけの理由で、彼に姿を出すなと言ったのは彼女自身だった。
「……お説教くれるっていうんならせめて外に出てからにしてよ。内側からその嫌味聞いてたらなんか……こう、ますますキーってなる」
「―――嫌味いうて何ですか。わいはただ姐さんにもう少し危機感ちゅうもんを持って貰いとうてですね」
空気を震わせる紛れも無い声と同時に、髪の長い男の姿が突如何も無い空間から現れ出る。
それと同時に肩ほどまでの白髪だった娘の髪は黒い艶を伴って腰辺りまで伸び、薄蒼い瞳もまたその色を黒く変えた。先ほどまでとはその容貌すらも違っていたが、そこに浮かんだ表情だけは変わらずの渋面のままだった。
「ま、一度こういう目に遭うのも姐さんにはええ薬です。それにわい程度のモンでも居らんよりは幾分かマシです。
これからは確り隣に立たせて貰いますよってに。―――何か異論は?」
「……無い」
フンと不貞腐れた顔で凛花は言う。
この男に口で勝とうとなどと思っても、いつもその野望は果たされること無く終わるのだ。
十年以上にもなる付き合いの中で嫌でもそれは学習せざるを得なかった。
続きます。
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