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-- Update :2008-07-18 --
現在 / ルーシュ、イオロイ、ハーディス
連日続いた仕事の後ようやくしばしの休息を得、うとうとと眠りについた頃。
唐突に叩き起こされたハーディスは最初不機嫌を隠せずに居た。

深夜の招かれざる来訪者は、数ヶ月前に彼の元を訪れた客だった。
気が動転しているのか、客である若者の話は要領を得ない内容だったが、彼の訴えたいことはその様子を目にした時から想像がついていた。
今宵は月食。
人形師であるハーディスの元に彼の顧客が血相を変えて飛び込んでくるのは、月食の夜が多く割合を占めていた。頻度としてはさほど多くない現象であるにも関わらず。

「最初に説明した筈だが。月下人形は月に支配を受ける存在。月の満ち欠けや光の強さに寄っても多少なりと影響を受けると」
「だけど、あいつ全く動かないし…息もしてないんだ。……し、死んじまったりなんか、してないよな…?」
そういえば、とハーディスは思い出す。
人形を得る際、この若者は過去に恋人を亡くしたのだと言っていた。
また同じ喪失を味わうのかと過敏になっているのかもしれない。
「問題無い、一時的に機能停止しているだけだ。蝕の時間が過ぎれば元に戻る」
「…本当に…?まあ、人形師の先生がそう言うんなら…」
まだ不安は拭い切れてはいないようだが、若者は次第に冷静さを取り戻しつつあった。

「人形」と呼ばれてはいるものの、外見、身体機能共に彼らは人間のそれと区別がつかない。
普段は自分達と同じような存在だという認識でしかないため、このような特殊な状況に陥ると戸惑いも大きいのだろう。
月下人形は人間ではない。かといって無機質なモノでもない。
ハーディスは「人に似た生き物」という括りで捉えてはいるが、それが正確なものであるかは正直なところ定かではなかった。
一つ確かなことは、彼らが「主」と決めた存在に対し、何よりも心酔しているということだ。

人形師の館を去って行く若者の背を、館の主は黙って眺める。
あの若者が最初にハーディスの元を訪れた時、一つ引っ掛かっていたことがあった。
恋人を失くしたと言う若者は、月人形を恋人の代用として扱うのではないかと。
主人に絶対の信服を置く人形ではあるが、だからこそ、そういった扱いをされてしまえば傷つくのではないかと。
だが今日の彼を見る限り、あの人形――彼女は大切にされているだろうことは容易に想像がついた。

窓の外を見遣ると、蝕もそろそろ終わりかけている。
今宵何度目かの欠伸を噛み殺しつつ、寝室に戻った彼は部屋の片隅にある小瓶に目を留めた。
彼の元を巣立っていった、小さな人形が残していった「月の欠片」。
それは今もあの子供の瞳と同じように、きらきらと輝いている。
――そういえばあいつ、月食に遭うのは初めてじゃなかったか。
この暗い夜をあの子供はどのように過ごしているのだろうか。
傍目から見ても危なっかしいところがあった。傍に誰か居れば安心なんだがな――
そんなことを思いつつ、彼はやがて眠りに落ちてゆく。

 *

ぼんやりと、意識が戻ってくる。
焦点の定まらない目で最初に捉えたのは、相棒の青年の顔だった。
「……あれえ、イオー?」
彼の表情とは対照的に、なんとも間の抜けた声を発する。
「……ルー、お前、……大丈夫なのか?」
「なにが?」
自分の身に何が起こっていたのかも知らないルーシュは、イオロイの問いにきょとんとする。
そのあまりに緊張感の無い様子に、青年の張り詰めていた気も緩んだようだ。
「――人の気も知らないで」
ぼそりと零した台詞の意味するところもルーシュにはよく分かっていない。

「あ、お月さま。元にもどったのねー」
窓の外に見えた月はもう、欠けたところ無く真ん丸く輝いている。
やっぱりお月さまはこうでなくちゃね、と、これまた満月のようににへらと相貌を崩す小さな子供に、イオロイは小さく溜息をついた。
了。
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