現在 / ビアンカ、レミュエイラ、アルマティーニ
「ねえ、もしかしてあなた、ビアンカ?」
声を掛けられたのはいつもの診察が終わり、主治医と世間話をしている時だった。
診察室の奥の扉からゆるいウェーブがかった銀髪の頭がひょこりとのぞき、興味深げにこちらを見つめている。
「こらレミ!仕事中は邪魔するなって言ってるでしょ!」
「えぇ〜?仕事っていってもお話してただけじゃない。あたしも混ぜてよぅ」
「患者との会話も大事な仕事の一環なの」
「だってぇ、することなくて退屈なんだもの。ねっ、お話するくらいいいでしょ?」
「あ、あのう……?」
遠慮がちに声を掛けると、主治医が苦笑ぎみに答えた。
「ああゴメンビアンカ、これうちの親戚の子。
急に遊びに来ててさ、どうも大人しくしてるのが出来ないようで……」
「あたしレミュエイラ。レミって呼んでねっ」
じろりと睨まれても怯む様子もなく、無邪気に自己紹介している。
「あなたのことアルマからよく聞いててぇ、一度会ってみたかったの」
「私の、こと?」
アルマというのは主治医の名前だ。
医者と患者というだけでなくビアンカの亡き母の親友ということもあり、個人的にも親しい。
それにしてもまさか自分が人の会話の種になっているとは思っていなかった。
そもそもビアンカは面白みのある人間ではない。とっつきにくいタイプであることは自覚もしている。
この主治医とは付き合いも長い分、彼女のことを理解はしてくれているようだが。
一体どんなことを話していたのだろうと、少し気になった。
レミと名乗った娘は何がうれしいのかニコニコとこちらを見ている。
無愛想なビアンカとは大違いだ。しかし、嫌な気分はしない。
「ねえ、みんなでお話しましょうよ。きっと楽しいわっ」
「お話ってねえ……あたしまだ仕事残ってるんだけど……っと、そうだ」
主治医はくるりとビアンカに向き直った。
「ねービアンカ。もし時間あるならさ、この子に街とか案内してやってくんないかな」
「え……」
主治医の提案に、彼女は若干躊躇する。
「時間は……大丈夫だけど、……私でいいの?」
「やだぁそれ名案っ!ねっビアンカ一緒に行きましょ?きっと楽しいわァ」
相手の少女はなにやらウキウキとしだした。
その様子を見て内心彼女は安堵する。
……嫌な顔されないで良かった。
よくよく考えてみればレミュエイラはこの街の人間ではないらしいから、ビアンカと行動を共にすることに必要以上の警戒を表すこともないのだろうけども。
それにきっと彼女の性格もあるのだろう。
だとしても、無邪気に喜んでいる姿を見るとなんだか少し救われた。
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「今のって、レミお嬢さんと……ビアンカさん、ですか?」
出て行く少女二人とすれ違ったのだろう、使いに出ていたこの医院の助手が扉の方を見やりながら訪ねる。
「うん、そう。レミの案内お願いしたの」
「案内って……だ、大丈夫なんですかね?」
「何がァ?」
カルテに目を通しながら胡乱に訊ねる。
彼の言いたいことはなんとなく察しはついたが。
「だってあの二人って性格違いすぎやしないですか?
……なんつーか、ビアンカさん同年代の子らと一緒にーっていうイメージがあんま無いんスけど」
「だからこそっつーか。お互いいい刺激になるんじゃないかなーってね」
「そうっスかぁ…?」
いまいち納得しかねるといった表情で助手はウーンと唸っている。
そんな彼は放っておき、女医はこの思いもよらなかった展開に内心一人楽しんでいた。
レミュエイラはああいう懐っこい性格ではあるが、同年代の友人はほとんど居ない。
これは彼女が人間ではないということも大いに由来しているのだろうが。
そしてビアンカの方はあの性格と家の環境から、同年代に限らず親しいと呼べる者は片手の指の数で事足りる。
先ほど助手が「イメージが無い」と言ったが、無論それは本人の望んだところではないだろう。
常日頃からそんな彼女を見るにつれ、なんとかしてやりたいとは思っていた。しかし大人が口を出していいものかとも。
今回二人が出会ったのは成り行き上にすぎないが、女医は結構期待していた。
なかなかこれはいいコンビになるのではないかと。
入り口の鐘がカランと鳴る。新しい患者が来たようだ。
まだ微妙な顔つきをしていた助手に呆れつつ、その背をばしんと叩く。
「何ぼへーっとしてんの、さっさと仕事仕事!」
うへぇと間の抜けた声を発しつつ患者を出迎えに行く助手を尻目に、カルテを片付けながら頭を切り替えた。
(……ま、なるようになるさ。若いんだしね)
女の子の友情、成立。
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