ムテルア/薬草師 > ビビ 
-- Update :2005-12-21 --
現在 / ビアンカ
「すぐに帰ってくるから、おじい様の言うこと聞いていいコにしてるのよ、ビビ」

そう言って抱きしめてくれたのが、私が見た母の最後の姿になった。
病状が悪化したため療養のために入院。
良くなれば帰ってくるものと思っていた。母もそのつもりだったのかもしれない。
それでもある程度の覚悟はあったのだろう、今の私と同じように。
だけどあんな急に居なくなるなんて思ってもいなかった。

主治医によると進行性の病で、治療によって完治する見込みは無い。と。
母もその事を知っており、それでも病気なのが信じられないくらいに明るい人だった。
自分が早くに居なくなるだろうことを見越し、幼い私にいろんな事を教えてくれていた。
一人でも生きていくことができるように。
自分が亡くなったすぐ後に、娘も同じ病にかかるなんて思っていなかったのだろう。

病気が発覚した時にある程度の覚悟はしていた。
私もいつか母と同じように死んでしまうのだ。

「ねえ先生、私はあとどれくらい生きられるの?」

そう尋ねた時も何も悲観していたわけではない。
告げられた時間に少なからずのショックは受けたのだけれど。
母は生きている間にたくさんのものを残していった。
私には何ができるのだろう?

主治医には最初から、医院の近くに移る事を勧められた。
もしくはもっと設備の整った医療施設に。
だけど残された時間ただ何もせずに過ごすなんて、それでは本当に何も残らない。
「無理はしない」ことを前提に、母から受け継いだ薬草師として生きる道を選んだ。

祖父が亡くなり一人きりになって、それでもこの家に残ることを選んだのは半ば意地もあったかもしれない。
未練や執着はあるけれど、自分が居なくなってもこの世界は何一つ変わらないだろう。
だからいつ死んでも悔いは無いと。
そう思っていた。


入院の話が出た時、最初に思い浮かんだのがあの日の母の姿だった。
この家を離れたらもう二度と戻って来れないかもしれない。
そう考えると急に怖くなった。

病状は今は落ち着いていると聞いた。すぐにすぐどうこうと言うこともないのだろう。
とうに覚悟は出来ていた筈なのに、今更何を怖がっているのだろうか。

一人で過ごしていた日々はとても淡々としていて、いつ消えて無くなっても不思議じゃなかった。
だけど今は一人じゃないから。
失いたくない日常がある。毎日をこの家で過ごしてゆきたい。
手放したくない。

いつの間に私は、こんな欲が出てきてしまったのだろう?
母と自分と。
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